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【コラム】帰ってきたヒトラー 感想 

待ち望んでいた「帰ってきたヒトラー」ついに公開!
ということで喜んで見に行ったのだが…素晴らしい映画だった。

一部サヨクが安倍政権批判に利用しようとしてるようだが、ただのヒトラーアレルギーで済ませられるような映画じゃない。もっともっと怖いお話なのだ。

ヒトラーはストーリーの中で、新聞を読み2014年までの歴史を学ぶ。そして実際に国民と会い、率直な意見を得る。そこから得た理解でもって「国民にとって最も幸せになるであろうビジョン」を描き、まずそれを人々に聞いてもらうための足場を築き、そして訴える。
彼のやっていることはただの政治家、それも至極まっとうな、真面目な政治家の姿だ。彼がヒトラーの姿をしヒトラー調で演説をしているから「ヒトラー」だとわかって排斥できるのであって、同じことをしているのがニュースキャスター風の好青年だったら、どこにでもいるような真面目なオッサン風だったら、即時排斥はできないだろう。よく話を聞いてくれて、自分の意見を代弁してくれる政治家がいれば、当然支持するだろう。これは右も左も関係ない。

では、ヒトラー風の主張、つまり右がかって見える主張だったら排斥していいか?というとこれも間違いだ。なぜならこのお話の中では、かなりの割合で右翼的な主張をする人々が現れる。「ドーベルマンとダックスフンドを掛け合わせたら?その変な犬と変な犬を掛け合わせたら?ドーベルマンはいなくなるんだ。」という、いかにもヒトラーらしいとんでもないお話にすら、即「いやそれはない」ではなく「うーん…」と考え込んでしまう、そういう人々のいる世界だ。
そういう世界で少しでも右なものは排斥だ!としたら、それは国民の意思を尊重していないことになる。この世界の国民の判断によれば、本来は少し右がかった結論になるのを「ヒトラー・アレルギー」で排斥してしまったら、それは民主主義ではない。それは全体社会主義であり「国民社会主義ドイツ労働者党(ナチス)」の名前にふさわしい社会になってしまう。

さてこのヒトラー、どうしましょ?
ヒトラーっぽいから排斥して、彼に切々と訴えていた人々の意見を無視します?
それとも真面目な政治家として見守ります?この「強くてニューゲーム」のヒトラー、自分の過去の過ちを見直して今度はちゃんとやるかもしれませんよ?そもそもこの政治家を見守れないなら、他の政治家だって見守れませんよね?あなたが信じてるその政治家、もしかしたら中身ヒトラーかもしれませんよ?
誰も信じられない?じゃあ片っ端から排斥しましょう。あなたの信じるその政治家も排斥対象です。誰が残りました?不真面目な政治家以外、誰も残ってないですよ?
左翼思想であれば問題ない?左翼思想の最大国である中国はチベットで何をしていますか?民族弾圧に右左は関係ありませんよ?
是々非々で声を挙げて変なことさせないようにするのがベストですけど、なし崩し的に好き勝手やられましたよね?今回もそうならないようにできる仕組みがないので、暴走されたらおしまいですよ?

という「ザ・無理ゲー」を突き付けて、この映画は終わるのだ。
なにしろ無理ゲーなので、答えに正解は一切ない。にもかかわらず、明るくなった劇場の椅子に座っている自分の現実問題として突き付けられている。あなたの国、あなたの信じる政治家、ヒトラーじゃないですか?ヒトラーだとして排斥しちゃって大丈夫ですか?と。

どうしましょうかね皆さん。
僕はヒトラーだろうと信じたいと思います。真面目にやってくれてますし筋通ってますから。ひたすら首相に向かって「死ね!」とわめいてる人たちよりはマシだと思うので。
でもこれはあくまで僕の選択。皆さんの選択は、皆さんが行うべきものです。

さて…この映画、こんな簡単な話でもない。観ればわかるが、もっともっと恐ろしいことが描かれている。この先はネタバレになるので「追記」に書くが…。
左翼思想のみなさんも、右翼思想のみなさんも、イデオロギーにとらわれず、まずは黙って一通り見ていただきたい。その上で「自分がどうするか」を考えて欲しい。
政治のことを考える人であればあるほど、考え込まされるはずだ。


ここから先はネタバレをしたうえで、この映画の本質について語りたい。

この映画の恐ろしいところは、途中の「右翼的な主張をする人々」が一般のドイツ国民として実在することだ。
映画の中盤でヒトラーがドイツ国内を一周する場面では、一部役者の演技も含まれるが、実際のドイツ国民を相手にしてのロケが敢行されている。そこでは
「本当はこんな事言っちゃいけないのだけど」
という前置きで、ヒトラーの主張に賛同したり、移民への反対を訴える人が多く見られた。なにより「シェパードとダックスフンドをかけあわせたら?」で「うーん」となった人、これが一般人である。
このロケパートがガチなのがわかるのが、ヒトラー役の人の目つきである。移民への不満や反対を述べる人々を前に、演技を超えた真剣な表情で話を聞いている。シェパードの話においてはヒトラー役の態度を崩さないまま、目で「頼むそこは黙るんじゃなくて何か反論を!コメントを!」と訴えている様子が伺える。むしろバイロイトで
「お前バイロイトでヒトラーとかよくできるな。すぐにでも街から出てってもらおうか?」
と市民に脅されている時の方が普通に演技していたほどだ。
役者本人は「タブーだったはずのヒトラーが『一緒に写真撮りたい』とか『ハグしていいですか?』とか親しまれてしまっている」ことにも驚いていたようだが、これらの国民の訴えそのものが恐るべきものである。
「世界が右傾化している!啓蒙して救わなければならない!」
とかそういう単純な話ではない。本当に心から移民を問題視している国民が結構な数でいる。ヒトラーの訴えを「話の筋は通るね」と理解を示す人々がいる。
特徴的だったのが、老婆と若者の親子。二人ともヒトラーの訴えにうなずき、ヒトラーが
「なら俺の支持をするかね?」
と尋ねると、若者の方は
「いや、それは無理。ヒトラーだから。」
と答える、このくだりだ。
つまり彼は相手が「ヒトラーでなければ」支持してしまうだろう。「ヒトラー」というタブーだけが彼を食い止めているわけであって、それがなかったら「向こう側」へ行ってしまうのだ。

つまり、ヒトラーのタブーにより十分に歯止めがかかり、より思慮深くなっているはずの人々が「向こう側」に落ちかねないほど、ドイツの情勢は深刻化している、ということだ。
「啓蒙してやる」なんてお話にならない。彼らは国を長い間分割され、ずっと考えに考えてきた。ヒトラーぽいものは必死になって避けてきた。その熟慮の結果がこれなのだ。

フィクションであれば「ヒトラーコワーイ!」って言ってるだけで済んだかもしれない。
でもこの話、半分ノンフィクションなのだよね。実際のドイツが混じってるんだよね。
だからといってドイツ人を非難はできない。なぜならばそれがドイツ人の思いだから。それを外の人間が否定なんてできない。

というわけで、もういろいろと考えさせられる映画である。

とはいえしっかりとしたコメディで、随所に面白いところはたくさんある。
特に最初にニコニコユーザーおなじみの総統閣下が一瞬出てきたかと思ったら、
あの場面のパロディをガッツリとぶち込んでくる。
特にこのシーンは徹底して笑わせにくるので、会場でも笑いが出た。
今度はただ笑うためだけに観に行きたいかな。
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