【コラム】超歌舞伎感想2:歌舞伎の「大向こう」とライブの「コール」 

「超歌舞伎」のツイートに「大向こう」の話がたくさんあったので、ミクファンの観点からの、ライブの「コール」と「大向こう」について語ってみたい。


「大向こう」も「コール」も元は同根

芝居中に客席から歌舞伎役者の屋号などの声かけをする「大向こう」。元々は観客が観劇中に口をついてでた言葉だったというが、その点では観客の歓声が元になっている「コール」も同じ。芝居やライブを見た気持ちの発露をステージを壊さない形で行い盛り上げる、それが出発点だ。
なので似たところもある。どちらも出演者の名前を呼ぶことが基本としてあり、タイミングやリズムが重要であることや、「笑いを取るための声かけ」というのも存在する。

・(役者の「さぁさぁさぁ」のかけあい後)「さぁどうする?」(大向こうの「チャリ」)
・(曲合で)「ミクさん結婚してくれー!」「阻止!」(ミクライブでのコール)(※1)

こうした「笑いを取る声かけ」が「芝居・ライブの雰囲気を壊す」として同じように廃れる方向にあるというのもまた面白い。
芝居を見た、役者の演技がすばらしかった。ライブを見た、演奏や歌がすばらしかった。その気持ちの発露として声を挙げたい、それによってさらに盛り上げたい。この気持ちは歌舞伎の観客もライブの観客も同じであり、その結果がえてして芝居やライブを壊すことがあり、一部自主規制の方向に向かうのも同じなのである。


コンセプトの違い

しかし「大向こう」と「コール」ではそのコンセプトの違いから、形態が大きく異なる。

「大向こう」は芝居において自分の声が他の観客に聞かれることを重視し、より一層「芝居がより粋になるように」しなければならない、という意識が強くなっているようだ。「大向こう」をするにあたっては、厳しい制約がついている。

大向うのこと~その1「やってはいけない」
http://ameblo.jp/kabuki400years/entry-12129109304.html

粋な芝居空間の演出のために、芝居を熟知した少数の人間により、低く通る粋な声で最低限の声かけを行う、これが「大向こう」のコンセプトだと考えられる。

一方でライブでは「楽しいと思ったらみんな声が出るだろう」が基本的な考え方になる。ノリのいい曲がかかってるのに微動だにしない、演奏が終わっても拍手するだけでは楽しそうには見えない、という意識である。こぶしを挙げ、アーティストの名を呼ぶことで自分の楽しさを表明し、何千人と言う人々が同じく声を挙げている姿を見て、ライブを楽しんでいる自分との一体感を享受する。
といってもむやみやたらに叫んで演奏や曲をぶち壊してしまってはならないので、リズムに合わせて声を出したり、拍手をしたり、幕間で名前を呼んだり、曲中の掛け合いに合わせて一緒に歌ったり、逆に声を出さないほうがいい曲ではあえておとなしく聴いたりする。これによって演奏を壊さず、かつ「みんなで同じように歓声を挙げている」一体感を得るわけだ。


「絶叫応援上映」

さて、最近のアニメ映画では「絶叫応援上映」というものがある。通常、映画は黙って見るものだが、バンドやアイドルを主題にしたアニメではライブの様子を映し出すパートがある。ライブに行き慣れた人にとっては体が動き声が出る場面だが、映画は黙って見るものなので普通はうずうずしながら黙って見ているしかない。
それを解禁し「存分に声を出してください」としたのが「絶叫応援上映」だ。絶叫応援上映の作品をまだ見たことはないのだが、ライブパートでのコール以外にも、ストーリーパートでは「大向こう」に近い声がかかることになるのだろうが、「大向こう」と違い「声を出したくなったらみんなで出す」というコンセプトであるため、何人もが同じ場所で次々声を挙げていくような、そんな感じになるのだろう。
ここでも当然、全員が作品を壊すようなことはしたくない、という了解があるため、「チャリ」のようなおかしな声を挙げれば批判される。
今回の「超歌舞伎」では、運営側および獅童さん自ら「声をかけてみてください」とアナウンスされていた。これによりこの舞台は「絶叫応援」の扱いとなり、結果、声を出したい人が声を掛け合い、最後にはライブステージのような状態に(これは獅童さん自ら煽ったのもあるが)なったのだろう。


歌舞伎における「絶叫応援」の可能性(※3)

このような歌舞伎もやるべきじゃないか、なんてことをツイートしてたのだが、これには一部ファンにも抵抗が強く、また「ワンピース歌舞伎」では問題が発生していたようだ。
「平成若衆歌舞伎」において公式ブログに「大向こう」を推奨するような記事があったとして、従来の形での演目を希望するファンが苦言を呈している記事がある。
また「ワンピース歌舞伎」では「超歌舞伎」のように「大向こう」が解禁されていたわけではないが、感極まった一部観客が暴走して声を挙げたようで、舞台の妨げになった、とクレームがついたという話もある。
ライブでも「超パーティー」の男性歌い手のステージては、リズムも曲も無視してひたすら叫び続ける女性ファンがいることから、もしかすると男性アイドル界隈ではそういうのが普通なのかも知れない。
そのことから考えると、大向こう解禁によって芝居が崩されることの恐れが強い、というのは納得できる話である。
しかしながら、普段から「コール」で鍛えているアイドル界隈の場合、自分たちの声でステージを壊すことの恐怖はわかっている。タイミングさえわかれば、もちろん普段のキリッとした舞台とは違うものの、「超歌舞伎」のように、それはそれとして楽しめるレベルにすることができる。
初音ミクの楽曲「深海少女」は、比較的テンポのいい曲であるため、登場当初はBメロディで「オー、ハイ!」の掛け声が挙がっていた。しかしその歌詞は「落ち込んで深海に沈んで行く少女が光を見つけて浮上する」というものであり、曲調も穏やかだ。
初音ミクwiki 深海少女
http://www5.atwiki.jp/hmiku/pages/11774.html
この穏やかな曲調で「オー、ハイ!」はないだろう、という意見が出て、この曲は「ペンライトを青くして黙って振る」という形になった。(※2)
自分たちでも「似つかわしくなければやめる」ということを普段から実践しているのである。


ぜひ「絶叫応援」の公演回を

「超歌舞伎」のような戦闘シーンのある歌舞伎では、むしろ積極的に声を出した方が面白く見られるのではないかと思う。スーパー歌舞伎のみならず、古典的な演目であっても「絶叫応援公演」というのはあっていいのではないだろうか。
通常は本職に任せる「大向こう」で、月に1日だけ「絶叫応援」の日がある、というような形で、この日は「超歌舞伎」同様屋号をバンバンかけてよく(屋号のみで変化球禁止)、いくらでも拍手していい、ということにしたら、声を出したくてうずうずする若者たちが集まってくるのではないだろうか。逆に歌舞伎に精通した人は「粋じゃねえ」とその日を避けるだろうが、結果として「初心者ステージ」になるんじゃないかと思う。
アニメ映画も「絶叫応援」でなければ、どれだけ「クラーラ!!」「ノンナ!!」と叫びたくても叫べない。みんな黙って泣いている。歌舞伎を見に来た声を出したい者たちも、通常回であれば映画館と同じように、黙って見ることができるのだ。
なので、こういう「絶叫応援」な歌舞伎、もっと作って欲しいんですが…松竹さんいかがですか。


(※1)ニコ生で青龍の「后にしてやろうぞ」に対して「阻止!」とコメントがついていたのはこの「コール」のお約束による。一部のミクファンの観客は心の中で「待ちやが~れぇ~い!」と叫んでいたのだ。
(※2)一方で「存在が消えかける中全力で歌って消滅して行く」という歌詞の「初音ミクの消失」では間奏で全力で「ハイ!ハイ!」と声を出す。この曲はボカロ曲の中でも代表的な超高速楽曲であり、黙って聴いているほうが雰囲気に合わなくなる。
(※3)「ワンピース歌舞伎」での絶叫応援が解禁ではなく「事故」だったとわかり、大幅修正しました。情報ありがとうございます。
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