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【コラム】聴き専としてのスタンスの話とか 

なばなばしいなぁ@nabanaba47 さんのこの記事。
http://www.twitlonger.com/show/n_1s1ids3
この感想はとても示唆に富んでいる。ボカロファンの置かれていた環境と、聴き専としての自分たちの態度と。


自分で言うのもなんだが、俺はボカロ痛車を通して「宣教師」的な立ち位置でいたと思っている。ボカロ音楽の存在を一般人に知らせて、聴かせて、いいと思ってくれる人を増やしたい、そんなスタンス。
わかってもらえないことについては「それが当然」なので気にしていなかった。でも、場をわきまえて順序立てて紹介すれば、わかってくれる人は絶対いる、と信じていたし、実際分かってくれる人もいた。身の回りでミクさんの存在が当たり前のように知れ渡った頃、社会がミクさんを認知し、広め始めた。
孤独感はなかった。オッサンだったからオフ会に行くことに(時間と金が許せば)何の障壁もなかったし、現実世界では押し付けさえしなければ認めてはもらえてたし、認めてもらえない場所では語らなかった。

この方の場合、オフ会など見知らぬ人との交流を果たすには、年齢が若すぎた。
文章からすると女性と思われるが、女子中学生が親の付き添いもなしでオフ会へ向かうというのは、たとえそのオフ会が健全に運営されるものであったとしても、あまりに敷居が高い。
結果、理解のない人たちの間に取り残され、孤立してしまっていた。社会的に認知度が上がった今なら居場所は確保できただろうが、2008年と言えばボカロファンの間でもパイオニアと呼べる世代で、当時の環境はもっと厳しかっただろう。「インターネットの先にいるファン」に実感が持てず、社会もまるで変わっていないように見えることだろう。
昔からボーマスやボカニコに通っているお兄さんお姉さんおじさんおばさんにとっては当たり前になってしまった光景であっても、当時周囲の環境のために孤立していたファンにとっては、夢のような空間に違いない。

この方のこの言葉

”ツイッターでボカロ聴き専って言われるような人を知ったときも、正直「やっぱり名乗れない、これしか知らないのに好きを自称していいのか、わからない」という気持ちに飲まれて、やっぱり名乗れなくて、どんどん自分の殻にこもってっました。”

これはボカロ聴き専は一考の価値がある。マイナー曲を掘って紹介するのも大事だが、そんなマニアな態度がライトな人たちとの間に壁を作ってる気がする。「誰でも知ってるような曲についてさほど語る必要はない」という空気が流れてる。結果として「何か難しそうな話をしてる人たち」として距離を置かれる存在になってるんじゃないか。
でもこれってあくまで「仲間内」に曲を紹介する、という「内向き」の目線になっている気がする。もっと外向きの人々と広く交流できるようにするほうがいいんじゃないか。そこからさらに奥深くに引っ張り込むことも含めて。
聴き方や曲の紹介を配慮せよ!と言うつもりはないけど、カテランやぼからん、ゲーム収録曲やそのPについてだけライトに語る、っていうのをわざと避けるだけではなく、マニアでなくてもわかる話をする、っていうスタンスも盛り上がっていっていいよね、と思うわけだ。

俺がそれをやるかというと…やってもいいけど、他に紹介したいマイナー曲がたくさんあってですな…。
なんかこう、ライトな聴き専トークという切り口での盛り上がりがでてこないかなぁ、と他力本願な形で〆るとしよう。
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