靖国参拝 

友達3人と日本橋でメシを食った後、どこか行く場所はないか、
ということで靖国神社を参拝することにした。

実のところ靖国神社に行くのは初めて。
門扉や本堂にかけられた幕に菊の御紋があるのに軽く驚く。
普段あの紋章見ることはあまりないし、
あまり穏やかじゃないところで見ることが多いから…。
本来はもっといいイメージを持つべき紋章なのかもしれないが。

参拝の後、靖国神社の横にある資料館へ。
幕末以降の戦争に関して大変充実した展示内容。
この時代、どの国も自分勝手で、自分の権益ばかりを主張して、
それを通そうとして何かといえばとにかく戦争。
そんな時代だった、という印象を強く受けた。

展示資料をざっと見て、靖国神社は本来、
「国のために亡くなった人を祀る場所」として用意された場所で、
ここに太平洋戦争の戦没者を祀るのは不自然ではない、ということは理解できた。
上の命令や国を思う気持ちに従い働き、
命を落とした人たちの上に今の日本が成り立っている、
ということを忘れてはならない。
これは戦争の原因を作ったとされるA級戦犯とて同じこと。
自分勝手なNAどもに好き勝手言われて、どうしようもなくなったのかもしれない。
壮大な作戦ミスで敗戦に追い込んだ人間かもしれない。
でも、実際に彼らは国や部隊をまとめ、戦争を何とか勝利に導こうと頑張った。
その働きは働きとして認め、彼らにも敬意を表するべきだろう。

ただ、そうした戦没者への思いを表しに靖国神社にお参りに来たからと言って、
戦争をよしとするかどうか、太平洋戦争を賛美するかどうかは関係ないのではないか。
靖国神社が、国のために頑張って亡くなった人たちの弔いの場であるなら、
参拝にはその人たちに対する思いを表しに来る、というのが自然ではないだろうか。

靖国神社に祀られた人々の写真リストには、たまに浮世絵な人がいるが、
「安政の大獄」で刑死した人だったりする。
この神社やその参拝に対し、太平洋戦争の観点のみで評価をするのは、
こうした江戸時代の人々に対して大変失礼ではないだろうか。
日本のために人々が亡くなったのは、太平洋戦争の時期だけではない。

戦没者の方々には「無念でした」。
戦争犯罪者とされた方々には「お疲れ様でした」。
俺はそういう気持ちで、靖国神社の霊達に頭を下げたいと思う。
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