【コラム】 昔のコンピューターと生活 のお話 

https://twitter.com/chomado/status/705632943557857281

というのがあったので、ちょっと書いてみる。
「普通の生活の話が知りたい」というので、わざと「コンピューターにあまりなじんでいない一般人寄り」の視点から。

最初にパソコンというものを見たのは、1985年だったかな。友達のお父さんの持ち物だというもので、カセットテープを入れるとゲームができる、みたいな。当時はゲーム機のでっかいの、という印象しかなくて、これで何が出来るとか考えたこともなかった。
当時の一般家庭にあるコンピューター的なもの、って電卓とゲーム機(といってもファミコンどころか「ゲームウォッチ」てやつ。白黒液晶に絵がちろちろ出てきてボタン押して簡単なゲームが出来る。)ぐらいのもんだからね。大量の書類作成したりPC関連のお仕事してる人でなければまず目にしなかったし使い方も知らない。小学校2年生にとってPCは謎のゲーム機だった。

家に本格的な「パソコン」が導入されたのは1993年。すでに中学の友達がPC98持ってて、そいつの家でゲームで遊んでた。で、欲しいけど「ゲームやりたい」じゃ絶対認めてもらえないな、ってことで、中学の頃からワープロで小説書いて遊んでたのを理由に、この文章書きの環境をよりレベルアップしたい、と称して買ってもらった。当時25万、売れ残りで型落ちした、いわゆる「新古品」の PC386-GS 5 だった。
http://s-sasaji.ddo.jp/pccata/pc386gs.htm
CPUがIntel i386 20"MHz"、メインメモリが1.6"MB"。ディスクはハードディスクではなく5インチフロッピードライブが2つついてて、ここにぺらっぺらのフロッピーディスク入れて使う。フロッピーディスクの容量は1MB、ということは2枚で最大2MBしか使えない、ということで大きなゲームだとディスクとっかえひっかえしてたり。数年前のスマホに標準インストールされてたプリンセスメーカー2とかね…12枚のディスク手元において、街の外に出たりイベント始まるたびにBドライブに入れたり出したり…。ワープロソフトや表計算ソフトぐらいなら2枚で動くんですがね。
でま、1.6MBのメインメモリのうち1MBを「ディスクキャッシュ」として使うことで、「搭載できるストレージの半分がキャッシュとしてメモリに常に載ってる!スゴイ!」みたいな。
友達は当時、お年玉でメモリ買い漁って11.2MBとか積んでて。
「そんなに大量に何に使うの?」
「ディスクキャッシュ。」
「いや11MBもメモリ上に載せるモンないでしょ。」
「でも早くなる!スゴイ!」
とまぁそんな感じで。
OSはWindowsの前、MS-DOS5.2。起動してもプロンプトしか出てきません。Windows7で言えば「アクセサリ」の「コマンドプロンプト」、あれが全画面であがって終わり、みたいなもん。ワープロソフトもゲームも、実行プログラムのファイル名入力してあげないと動かない。でもま、ゲームの場合は専用ディスクだし、一般用にも「FD」という、ファイル名を画面に一覧できて矢印キーで選んでエンターで実行できる、ファイルコピーとかもいろいろできるすてきなソフトウェアがありまして、これで便利に使ってた。
ネットワークカード、当時はアナログモデムだけど、そういうのはなし。プリンターも持ってなかったから出力もできない。でもその場で見たり書いたりする、という用途で、小説書いたりゲームの攻略データ整理の表作ったりと活用してた。
なおこのPCまだ実家にある。たぶんまだ動く。

WindowsPCを手に入れたのは1996年。
「PC-98のソフトウェアは使えないしフロッピーも3.5インチだけど、性能がよくて安いよ!」と友達が(半ばネタで)大お勧めしてたIBM AT互換機というものがありまして…今市場に出回ってるパソコンの大半がこの「AT互換機」なんですがね。それがWindowsでもってPC98のと同じソフトが動くようになりました!いろんなゲームもできますよ!みたいになって。また親に「よりよい製作環境が欲しい、これからはコンピューターで文書を作る時代(キリッ」と称して買ってもらった。19万だったかな。
スペック忘れてしまった…と検索したら出てきたよ。富士通FM-V Deskpower SE。これの「一太郎モデル」。
https://www.fmworld.net/product/former/dp9606/sespspec.html
Wordではなく一太郎モデルにしたのは、友達が「ATOKの変換はすばらしい!IMEはクソ!」と力説してたから。実際当時のIMEはクソすぎて、ATOKに積み替える人もよくいた。
Pentiumの133MHz、メモリ16MBを最終的に128MBまで増設したかな。ディスクも最終的に大きいのに入れ替えた気がする。OSは当初Windows95、最終的にWindows98に。
活用方法はMS-DOS時代と大して変わらず。というのもモデム使って通信するのは、通話料の問題と、「モデム使ってる間電話が使えない」から禁止されてたので。プリンタも結局つながなかったかな。印刷物はワープロで用が足りてたし。学士論文はこれで書いて、大学で出力したな。
操作感はもう当時と今とであまり変わってない。マウスでカチカチ。当時の使用感は「MS-DOSの時代の方が軽かった」w
高機能で画面とマウスで操作ができてすごくいいんだけど、起動時間はMS-DOS+FDの方が早かった。特にWindows98にしてからはもう遅くて遅くて…。
で、これも実家で母親のPC練習用マシンにされたんだけど、やっぱりクソ遅くて使えないということで放置されてる。

メールやチャットなどのインターネット通信は大学時代にコンピュータールームに入り浸って使って遊んでた。自分のホームページというのを作ったのも1999年で、一応まだ見られる。当時「どんな環境・ブラウザでも読めないホームページはクソ」と叩かれてたので、大学のWindows 3.1上のInfomosaicで画面表示確認しながら作ってた。
当時はSNSというものがほぼ存在しないので、
・知り合い同士がメールアドレスでやりとり。
・各人が自分のホームページを持っていて、リンク集でつながってる。趣味を同じくするサイトを数珠繋ぎにした「同盟リンク」なんてのもあった。
・Web日記というブログ的なものがあり、そこのコメント欄や、Web掲示板に自分のサイト用の掲示板を開設してそこで交流する。
・「チャットルーム」というサイトがあり、そこにログインして会話をする。雑談からエロまで何でもアリ。
という形での交流だった。その中で地方の大学生の女の子と仲良くなったりするんだけどね。
そういえば1996年当時はホームページも「そういうのがある」って感じだったし、メールもmuleという文字ベースのソフトウェアで読み書きしてたけど、2000年の就職活動の時はリクナビのサイトで活動したり、メールソフトを使ってメールで企業とやり取りするのも当たり前になってたな。今考えるとあの5年でのインターネットの普及と変化の仕方ってすごかった。

インターネットを家で使うようになったのは2001年、会社に入って一人暮らしを始めてから。
「Yahoo!ブロードバンド」というのができる、電話代気にせず使い放題でしかも高速だ!という話に、ネットジャンキー化済みだった僕は当たり前のように開通予約、そして付録についてた「リネージュ」でネトゲデビュー。そこからRO、FF11などなどいろんなネトゲをやるように。
それからは数年に一度の割合でPC買い換えてるけど、PC自体の使い方はほとんど変わってないな。2005年ぐらいに音楽の管理をPCでするようになったぐらいかな。最初はMP3プレイヤー付属のソフトウェア。スマホをMP3プレイヤー代わりにするようになってからは、iTunesで同期取ってる。CPUはクロック数がGHzになったりコア増えたり、メモリもGB、ディスクもTBサイズになったけど、相変わらず起動は遅い。
この時期で一番変わったのは、インターネットでのサービスかな。回線が太くなったのとPCの画像処理能力が上がったことで、高画質の画像や動画が気楽にネット経由で扱えるようになったのが大きい。「飯テロ」なんて当時できなかったもの。「クソ重い画像貼ってると思って1分以上待ってたのにラーメンとか何がしたいの?嫌がらせ?」という扱い。動画なんて重すぎて見てももらえなかったし見なかった。

こんな感じかなぁ…。
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