【コラム】「超歌舞伎 花街詞合鏡」感想1)技術や表現について語る 

さて、今年もやってきました超歌舞伎。吉原が舞台とくれば「唄で知られた重音テト」、世話物ということで何か下敷きになるお話があるかと思ったら、こちらの記事によるとどうも完全新作らしい。
【超会議2017】『花街詞合鏡』歌舞伎ファンがひも解く超歌舞伎!
http://otakuindustry.biz/archives/32871
完全新作のお芝居を、それも去年と同じ中村獅童さん、澤村國矢さんで格安で観られるなんて、これほど贅沢な話はない。

この記事では、技術や表現について。
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【コラム】マジカルミライにおける円陣を考える 

今回もあれこれ叩かれている円陣について考えてみよう。

主催者や関係者の意見から判断するに「一人で来て疎外感を持った人たちにノリと勢いの提供を目指す」というコンセプトであると感じた。だがこのコンセプト自体が一部古参にとって不要かつ不快である、と判断されているのではないか、と考えている。

2010年の感謝祭当時、ファン同士のコミュニティというのは「ぼっちの集まり」でしかなかった。ぼっちがライブにぼっちで訪れぼっちで帰ることに深い意味はなかったし、そうであることに何かを感じるような人もいなかった。古参のライブに対しての感覚はこの時代のものだ。
一方で回を重ねるごとに「よく見る人」が増え、知り合いになっていくと、自然とそういう人たちで塊ができるようになる。新たに入ってきた人たちは、楽しそうな古参を横目にひとりでライブを見て帰る。ライブ自体は楽しいだろうし、初期から参加しているマニアックな性格の人々にとっては大した問題ではないが、テレビなどで存在を知った「より普通の人たち」にとっては排他的に映るだろう。
そんな古参の輪に自分から入っていける人も、マニアの紹介で輪に加わる人もいるだろうが、そうでない人たちはどことない寂しさを持ったまま去ることになる。ライブでも思い切って楽しむことはできないかもしれない。
そんな人たちを積極的に取り込み、瞬間的なものでもいいから「輪」を作り、ノリと勢いをもってライブに加わっていく場を提供する、そのためにわかりやすい形としての「円陣」を組んでいる、とそう理解した。
もちろん自己満足、というかこれからのライブに向けて気持ちを高めていきたい、という気持ちが大前提としてあることは間違いない。だが、マニアな古参たちがそうした「ニューカマー」たちを全て拾い上げて来たと言えるだろうか。どこまで積極的に彼らに話しかけてきただろうか。「にわか」と叩く古参もいたではないか。
そうして取りこぼされたニューカマーたちを積極的に拾い上げる策の一つとして「円陣」を利用した、ということだろう。

さて、「円陣」そのものが与える影響を考察してみよう。
社会において行動の妥当性の判断に用いられるのが「公共の福祉」であり、人権や自由に制約を設ける各種法律の根拠となっている。しかしながら判断に用いられる「公共の福祉」が真に「公共」と言えるかどうかを検討することが必要だ。
「不快だからやめろ」と言うだけの人間は無視してかまわない。こちらも「不快感を主張する人間の存在が不快なので立ち去れ」と表明することができる。自分が受けた不快感のみで相手に意見を飲ませるなら、不快感を与えた自分も去らなければいけない。つまり相手の主張には意味がない。
「ファンの中で不快に思う人もいる」という主張もまた意味がない。これもまた「ファンの中で不快に思う人を不快に思う人がいる」で返せてしまうだけでなく、「ファンの中で愉快に思う人」の意見を否定すべき根拠がない。人数を比較したところでそういう主張をする人は「こちらの方が多数だから」か「少数派の意見も聞け」とどちらにしても自分の主張を認めさせようとするだけで、無意味である。
すなわち「円陣」が社会全体における福祉に被害を与えるものかどうか、制約を設けられる行為であるかどうかで判断する必要がある。もし被害が軽微もしくは許容される範囲であるなら、文句を言われる筋合いはない。

「円陣」の与える可能性のある影響は「往来妨害」と「騒音」である。会場内で人が集まっているところはいくらでもあるので、「人が集まっている見た目が悪い」という主張はとりあう必要がない。邪魔にならないところで、邪魔にならない音を立てるだけであれば、グループで待ち合わせをしている状況と何ら変わりはないのである。
往来妨害に関しては、主催者側が「ニューカマーが通りながらも往来を妨げない場所」を確保しているのでクリアされていることだろう。現地にはそのような場所はいくらでもある。
次に騒音である。
https://www.google.co.jp/maps/@35.6266104,139.7805081,17z
これはMIKUEXPO東京公演が行われたパレットタウン付近の地図だが、大観覧車下の公園で実行された円陣の声が、東京テレポート前までかなりの大きさで響いていたのを観測している。間近で見ていれば円陣とわかるものの、公園をはさんだ先の駐車場で不意に聞こえたものであり「何か騒ぎでも起きたかな」と思わせるものがあった。これは不特定多数の全く知らない人々の「平穏な生活を乱すもの」として通報される可能性もある、危険な状態だったと言えるだろう。この影響範囲では「公共の福祉に反している」と言われてもやむを得ない。
https://www.google.co.jp/maps/@35.6494476,140.0373836,17z
これが同縮尺の幕張メッセ周辺の地図だ。大観覧車下から東京テレポート前までがおよそ100mなので、100m半径は危険な声が届く可能性がある。ニューカマーの目につく場所となると、どうしても噴水広場になるが、マリブダイニングおよびワールドビジネスガーデンがほぼ含まれることになる。特にマリブダイニングはこの地域の住人、とりわけ公園の向こうにある幕張ベイタウン住人の台所となっている。この人々に影響を与えてしまうことは、ファン内部ではなく地域社会に影響を与えることになるので、「公共の福祉」に反すると判断される。
1-9ホール裏手に回ると「ライブ終了後の件」で考察したようにオフィスビルしかなくなるが、休日日中は休日夜間に比べて当番社員も多くなる可能性があり、ライブ終了後よりかえってリスクは高くなる。しかも裏手ではニューカマーが集まりにくいため、開催の位置としてあまり良い場所ではない。
すなわちこの地域でMIKUEXPO東京公演クラスの音量で「円陣」を組むと「地域住民の迷惑」と判断されることになる。
従って、騒音の対策をしないで行った場合、より具体的には「MIKUEXPO円陣の音量の半分以下に抑えること」ができていない限り「公共(地域社会)の福祉」に反したと判断されると思われる。(ホール壁際で50mの範囲内であればマリブダイニングまで届かない範囲になる)。
「お祭りらしい」と好意的に見るファンもいたものの、MIKUEXPO東京公演の時のように全く見えないところからでも聞かれてしまう可能性を考えると、騒音問題には何らかの対策をとる必要がある、と言えるだろう。
逆に言えば騒音の問題さえクリアしてしまえば、文句を言われる筋合いはない。

しかしながら参加人数を絞るわけにはいかないだろう。前回参加した人は次も参加したいだろうし、ニューカマーを迎え入れていくとなると、人数は増えていかざるを得ない。
一方で声を出さない、という対策も難しいだろう。ノリと勢いを得るのに思い切って声を出さない方法をとるには「円陣でない何か」の工夫が必要となる。

結論としては「声を出す円陣は公共の福祉に抵触する可能性があるため、何らかの工夫が必要である」ということになる。
しかしながら、どういう工夫をすればいいのか、までの案は見いだせていない。声を出せないのだとすると、手拍子でもするのだろうか。土俵入りの時のアレとか?

【コラム】マジカルミライ2016千秋楽終演後のコールの顛末 

あのコールの一件全体を通して見た人間として、あのコールについて語ろう

<何が起きていたか>
最初は中でBGMに合わせて声あげてた。
なぜそんなになったかっていうと、盛り上がってたこともあるんだけど、出口が狭すぎて出場を待たされていたから。
「清掃作業に入りますので速やかにご退出ください」と言われても出口が詰まってて出られない。前日夜公演で「端の方が早く出られます」というからそっちに並んだが、出口が真ん中しかないので結局変わらなかった。つまり前のほうの観客は後ろのほうの観客がはけ切るまで待つしかない。で、その間踊って待ってた。
だいぶ待たされてようやく最後尾が自分たちの近くに来たので、そこに取り付く形で踊りながら出場。もちろん会場外では基本的に騒がないものなので、ゲートの敷居をまたぐあたりで終了。妙に暗かったので明かり代わりにキンブレはつけっぱ。退場列は流れているが遅い。
場外に出てしばらくして、後ろのほうでミクコール。おいおい外でやるなよ…と思ったがよく考えたらまわりは日曜の夜はほぼ無人となるオフィスビルと駐車場ぐらいしかない。ならそのままでもいいんじゃね?とコールをテンポ代わりにして歩行。そのおかげでむしろ退場スピードが若干上がった。このタイミングで退場列はよどみなく流れている。
しばらくたって流れのわきの開いてるスペースで上を見てる人たちがいる。なんだろ、と思って見たら壁にミクさん。何だこれ、と思いつつも30秒ばかり見てから後にする。しばらく歩いて後ろを振り返ったらネギ畑できてて、退場列の流れを少しばかり塞いでた。あれはちょっとまずいんじゃねーの?と思いながらも逆流して止めに行くような距離でもなくなってたのでそのまま退場継続。
痛車のオーナーが手を振るのを見ながら行進のように手を振りつつ進み、階段を上ったところで、同じようにキンブレつけっぱな人たちの流れがキレイ。そこにいる人たちが退場者に向けて手を振ってて、退場者列からも手を振り返す。たまに声が上がるがここは駐車場と線路の間、声を気にしなければならない相手もいない。面白いということで階段踊り場までいって手を振ってみる。 歩きながら手を振るのは 誰でもできるので、もちろん退場列は止まってない。
が、突然退場者の列が止まる。何が起きたの?と思ったら階段の下で止めてる奴らがいる。「早くしろ早くしろ」とか行ってる。写真でも撮りたいようだ。いいからさっさと上れよ、と言おうとしたらどうやら撮影が終わったらしく上ってきた。
その後は粛々と人が出てきてたので、滞留したことはないようだ。

<声を出したのはそこまで悪いことか?>
原則的に、会場を出た後まで騒いでいるのはよろしくないのだが、この場所の場合意外と何とかなるかもしれない。

幕張メッセ9-11ホール裏
https://www.google.co.jp/maps/@35.6503598,140.0356952,17z

終演後コールしながら練り歩いた一部ファンたちは、
「東京ガス幕張ビル対岸のホールの敷地内をまっすぐ角まで進み、右に折れて京葉線沿いに公園まで向かう」
というルートを通っている。このルートから「1ブロック」内にある建物は、
・東京ガス幕張ビル(企業オフィス)
・キッツ(スポーツジム)
・イオンタワー(企業オフィス)
のたった3つだけで、あとは幕張メッセ本体と駐車場である。
で、そのうち「キッツ」には一昨年~去年会員として通ってたが、建物の中に入って京葉線の線路の音が聞こえたことはなかった。(ジムなのでスパや休憩所もあるがそこでもガタゴト言うのを聞いた記憶はない。)
つまり、この3つの京葉線至近の建造物は、京葉線の騒音に耐えるつくりになっていると考えられる。
で、このファンのルートと本当に接したのは「東京ガス幕張ビル」だけで、イオンタワーもキッツも線路の向こう側。線路の音に耐えられるビルで、線路の向こう側での多少の騒ぎが影響するようなことはまずないだろう。あーなんかにぎやかだね、今日もイベントあったのかな?とこの程度だろう。
しかも時間は日曜20時。ジムには人がいたかもしれないが、企業オフィスにいるのは当直の人か、無茶なプロジェクトに巻き込まれて縛り付けられたかわいそうな人だけ。しかも騒音に強い設計となっていると思われるビルの中にいる。 地図を見てもらえればわかるが、ホール裏手の道は幕張メッセと駐車場、東京ガス幕張ビルにしか通じていない。散歩するにしても1ブロック向こうに歩道つきの川があるのでそこを使う。
日曜20時にこの道を通るのは、抜け道を使う車とポケモントレーナーぐらいだろう。(Ingressエージェントは噴水の公園にポータルが並んでるのでこの道はいちいち通らない。)
つまりこの場所、特に集団の通ったこの2辺は、異常なぐらい人のいない、エアポケットのようになっている場所なのだ。
もちろんそこで騒ぐのは決して推奨されるようなものではないし、他の会場で同じことができるなんてことは考えてはいけない。
だが、時々歓声をあげたり、キンブレを振るぐらいのことは十分にできたと思われる。特に角を曲がって京葉線と駐車場に挟まれたエリアに入ってからは。
実のところ、今回この歓声の件は他の件と比べるとさほど大きな問題ではない。

<一番の問題>
あの列での一番の問題は、退場列を滞らせた2か所の行為だ。
1つは携帯式プロジェクターでミクさんの映像を出し、そこに人を集めてしまったこと。速やかな退場の行軍を続けることがあの場所での前提条件で、休憩や待ち合わせのために個々人が列の端に避けて立っている程度なら問題ない。しかしプロジェクターに映像を投影して人を足を止めてしまうこと、そしてその人だかりで退場列を一部でも塞いでしまうことはしてはならなかった。
もう1つは公園に抜ける階段の下で写真を撮ろうとして足を止めたグループ。このグループのせいで退場列は完全に停止した。階段を上り踊り場に出ればあの程度の人数が立てるスペースはあったわけで、そこから後ろの列をバックに撮影すればいいものを、そうせずに退場列を完全に止めてしまった。記念に写真を撮りたい気持ちはわかるが、大前提である「速やかな退場」を妨げる行為はしてはならなかった。
そしてこの滞留で待たされた人物が、腹いせに、退場時に少しでも声を挙げたりキンブレをつけて歩いていた人間を「マナー違反」と称して罵り、誰かを一方的に罵ることでプライドを保って生きる人間がそれに乗じたわけだ。

<で、どうするの?>
まず大前提である退場処理を妨げた人々は厳しく非難されるべきだろう。どれだけ楽しかろうと何をしたかろうと、退場処理を妨げるようなことだけは絶対にしてはならない。
歓声については、正直お勧めはしない。確かにこの場所は多少の声を挙げられる場所とはいえ、数千人単位の人間が声を挙げたらさすがにうるさい。数十人単位での歓声や拍手にとどめておいた方がいいが、誰かが挙げればそのまま波のように広がって収集が付かなくなることが予想されるため、注意すべきだろう。
無言でキンブレを振ることについては問題なくできると考える。メッセ敷地内であれば木が植わっており光がさえぎられるし、東ガスもイオンタワーもオフィスビルなので、中の人がキンブレの光がまぶしく思うほど窓の外に向いて仕事をしていることはない。そして何より、駐車場脇のルートは人目をはばからなくてはならない建物はない上、階段上の公園などからお互いに振りあえば、大変美しい景色になるだろう。もちろん退場路での停止は厳禁。大前提である退場を妨げないだけでなく、「退場ずる人々が光を持って動いている」ということそのものが景観を生んでいるためだ。
そしてこのようなことができるのは、周囲から隔絶された幕張メッセ9-11ホールの裏手だからだ、ということも忘れてはいけない。

【コラム】シネマ歌舞伎「歌舞伎NEXT 阿弖流為〈アテルイ〉」感想 

「超歌舞伎」から歌舞伎を見始めた初心者による歌舞伎感想。今回はシネマ歌舞伎「歌舞伎NEXT 阿弖流為〈アテルイ〉」の感想。

あれ「超歌舞伎」で見た!六月大歌舞伎の第三部(「道行初音旅」「川連法眼館」)で見た!というポイントがたくさんあり、舞踊や独特の節回しでの話し方も多かったのだが、歌舞伎座で見た古典と比べて、くだけた話し方の主人公にメタな笑い、剣を合わせた殺陣など、超歌舞伎よりさらに一歩進んだ離れ具合だった。
「超歌舞伎」の感想の中で歌舞伎ファンから「超歌舞伎がちゃんと歌舞伎だった」という感想が出ていたが、確かに「超歌舞伎」の殺陣は実際にぶつかり合わない歌舞伎の殺陣だったし、台詞回しも歌舞伎らしい節のついたものばかりで、「超歌舞伎」の方がより古典に近い演目と言えるかもしれない。それぐらい「阿弖流為」はぶっ飛んでいた。

「超歌舞伎」を見た方にはぜひ「阿弖流為」も見ていただいて、歌舞伎という世界の広がり具合を体験してもらいたいところ。
前半は大いに笑い、後半は手に汗握る展開。言葉遣いも現代語に近く、話の筋もわかりやすい。特にグイン・サーガ、ロードス島戦記、アルスラーン戦記、十二国記などの軍記物SF・ライトノベルを読んでいたり、「ファイアーエムブレム」をプレイしていたような皆さんに強くお勧めしたい。

さて続きはネタバレで感想を。
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【コラム】超歌舞伎感想2:歌舞伎の「大向こう」とライブの「コール」 

「超歌舞伎」のツイートに「大向こう」の話がたくさんあったので、ミクファンの観点からの、ライブの「コール」と「大向こう」について語ってみたい。
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【コラム】歌舞伎に魅せられたミクファンの超歌舞伎感想 

4/29、30の2日間で計5回公演のあった「超歌舞伎」。
観るまでは「いつもの超コラボ、面白そうだから1回観るか」だったのが、初日の14時の公演後に「また明日別の角度から観ておきたい」になり、2日目13時の公演後に「ボカロファンとして行きたかったクラブステージをあきらめてでも千穐楽を観に行く価値がある!」となった。ミクさんが出るから、ではなく、歌舞伎という芸術のすばらしさに感動して、イベントホールに通った。
初日から超歌舞伎超歌舞伎とツイートしてるのだが、ここで感想をまとめたい。
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【コラム】「通信の最適化」の話~連中が他人をバカにするために敢えて言わないポイント~ 

「通信最適化」の件、本来は「送信元と受信元のデータが違っててアプリがインストールできなかった」という話だったはずが、通信の秘密の取り決めを守ってなくてどう、とか本筋とは関係ないところに話を向けてるように見える。日頃の鬱憤を晴らすために難癖をつけているように見える。その上、
「圧縮するにしても、送信元と受信元が一致するように圧縮してやればよかったんじゃね?それだけのことでしょ?」
という人間に対して「理解できないバカ」と罵り、あるいは持論を同じ言い方で繰り返すだけで、何の解説もしない。
それもそのはず、彼らは普段「セキュリティ」という部門で仕事をしていて、自分の発見を公言しちゃうとハッキングの嵐を招いてしまうので、おいそれと口にできない。さらに理系の研究では「いかに自分の研究や発見が新しく役立つものである」かを力説することと、誰かの出した発表の粗を探して問い詰めるというのがお仕事である――そうしないと間違った説が正しいものとして通ってしまう。
結果「自分の見識は隠す」「相手の粗を探して罵倒する」というのが普段の性格として染み付いてしまい、そういう言い方しかできなくなってしまってるわけだ。

さて、そんな彼らが敢えて話さないポイントについて、恐らくこうなんじゃないか、ってところを考察してみよう。


1.「電気通信事業者」がやるお仕事はどこまでか

ネットワーク越しの処理においては、どうやってデータを送るかとか、送ったデータをどう扱うかとかいったことが区分分けされている。その具体的な手順のことを「プロトコル」という。
で、「電気通信事業者」はいわゆる土管屋さん、データを送り届けるだけがお仕事なので、この処理全部をやるってわけではない。具体的な所はよく調べてないからわからないけど(たぶんサービスによって異なる)、ここから先の処理はやりませんよ、ということを前提にサービスをしていて、システムを作ってる方も「ここから先は自分でやる」ということでシステムを成り立たせている。これが相手の領分に踏み込んでしまうと、想定が崩れるのでシステムが成り立たなくなる可能性がある。いくら「ちゃんとデータは元に戻しますよ」と言っても。なのでこの線引きはちゃんと守ってもらわなきゃ困る、というわけ。

で、「圧縮」というのはこの電気通信事業者のやる範囲に入っていない。仮にちゃんと戻すとしても、解凍したデータがちゃんとしてるかの整合性を取るための処理も同じく、電気通信事業者のやる範囲に入っていない。その部分は何もしないということを前提にシステムを組んでるのに、勝手に他人の領分に入って、余計なことをされては困る、というわけ。

連中が「圧縮はプロトコルに規定されてないからダメ」というのは、
「圧縮は(電気時通信事業者の行う作業区分の中に入っている)プロトコル(=つまり具体的な手順)に規定されて(=として設定されて)いないから(勝手にやっては)ダメ」
ということを言っている。このカッコの中身全部抜いといて「十分な説明」と言い張るんだから、説明のセンスがないというか、バカにするために隠してたことの言い逃れとして苦しすぎると言うか…。


2.「オプトアウト」のお話

さて、ある時、とある事業者が画像を勝手に圧縮して通信量を小さくする、という手を使った。もちろん圧縮したまま違うデータを黙って送りつけること自体言語道断なわけだけど、そうとわかってるならその方がいい、と思う業者やユーザーもいる。
ということで、使い方のオプションの一つとして、「画像圧縮するしないを端末側で決められる」というのを提供するということならいいですよ、ということになった。
これがあの辺の連中がごちゃごちゃ言ってる「取り決め」の話。


3.結局今回の「通信の最適化」は何が悪いのか

で、今回はこの画像圧縮の設定を「最初からON」になるようにしてたり、ONから変えられないようにしてた。もちろん圧縮したまま違うデータを黙って勝手に送りつけること自体(ry なわけだけど、サービスの範囲を超えたことをしちゃったことが一番の問題。特に何もしないことを前提にアプリケーションを作ってた開発者にとっては、前提が崩されるので非常に困る。「圧縮してもデータ検証して戻せばいいんじゃない?」に反発するのは、そこの領分に踏み込まれると前提が崩れちゃうから。

すなわち「要求したのと違うデータを送りつけた」のが問題ではなく「やるべきじゃない領分に足を踏み込んだ」ことを問題にしている。だから「要求したのと同じデータであればいいんじゃない?」では済まないわけ。

で、「座組み」と称して「画像を元に戻せない圧縮方式で圧縮して転送する」ということを前提に話を進めているのは、2.に書いた「元に戻せない圧縮方式に切りかえるオプションをつける」が認められてるという前例があるから。電気通信事業者がネットワーク上に流れるデータをどうしても圧縮したいんだ、と言った時に「俺たちとしてどこまで許せるか」ということで、この前例と同じようにやるなら、俺らもわかってるし認めてやろうじゃないか、というわけ。
もちろんこの他にも「データ漏洩が無いように必要以上にデータには触りませんよ」と言ってるのにいじりまわしてるじゃねーか!と言うお話も「通信の秘密の取り決め」関連としてあるわけだが、それも「データを直接いじった!」ということそのものより「お前らはデータをいじる処理の領分には手を出さないことになってるじゃないか!」というところに軸足があると思われる。だから「圧縮するだけだから中身見ませんよ」だけじゃ許さない、というわけ。


…というあたりを抜いて話を続け、よくわかってない人間のコメントに対し「○○さんが参戦したぞw」とさぁ叩いてやれと言わんばかりに殴って喜んでる。これがあの界隈の連中の態度、ってわけ。
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【コラム】この発表についての考察 

出入り禁止対象者について 皆さまにお知らせ
http://ideal9remodo.web.fc2.com/new1002.html

よく考えるとつじつまが合わない感じがしたので考察。

まずこの記述が全て「虚偽ではない」という前提において。

1.H氏に関する記述
1)団体Iに「下着写真を撮影させているY氏を出禁にしろ」というメールが届いた。Y氏は不本意に下着写真を拡散された過去があることを知っている団体I主催は、このメールが名誉毀損の悪質なメールであることを見抜いた。
2)このアドレスに関してM氏のトラブルを知る人物に照会したところ、坂出でのイベント主催の使用しているアドレスと一致することが判明。この情報がレイヤー界隈から2chに流出、暴露された主催が「イベントを潰された」と抗議している。
3)このイベント主催は「H」と名乗る人物である(M氏とは名義が異なる)。イベントは来週末開催予定だが、イベントの計画書や必要な道路使用許可も得ていないと計画が非常にずさんである。

2.M氏に関する記述
4)今年3月にM氏とレイヤーA氏がトラブルとなり、Y氏が仲裁に入った。
5)M氏は多数のレイヤーに対して脅迫やストーキングを行っているという報告がサイトに上げられ、この人物を避けるためにイベント参加を見送ると宣言するに至った。
6)M氏はこれらのトラブル、関係者のおこしたトラブルにより実名で団体Iから出入り禁止を発表された。
7) M氏は「団体Iは個人情報を流出させた」と自身のサイトで抗議。
8)団体Iは威力業務妨害・名誉毀損での訴えを、被害を受けたレイヤーを中心にM氏に対する行動を検討中である。

3.M氏の関係者に関する記述
9)M氏の関係者が5/10のイベントにて怒鳴り、何らかの被害を訴えて警察を呼んだ。(具体的な内容がわからないので「被害者であるように」については勘案できない。)
これがM氏の関係者についての記述。

4.不明の人物に関する記述
10)この団体Iの協力会社および団体Iの主催するイベントの会場提供会社に対し「団体IはY氏と共にいかがわしい写真撮影を行っている」とクレームした人物がいる。
11)Y氏を誹謗中傷し下着写真がサイト拡散させた人物がいる。(M氏が拡散させた「ようです」とあるのでこの人物=M氏という確定情報はないと解釈する。)
12)イベントスタッフに注意された、と嘘をつき、会場会社であるサンポート高松およびその管理会社であるシンボルタワー開発にクレームをつけた一般人(と称する人物)が存在する。(本当に一般人であったかは不明。前提に基づき「一般人に注意したイベントスタッフはいない」ことは正しいと仮定)

で、この文章では
A.H氏=M氏
B.4.の不明の人物が全てM氏もしくはその関係者である
ということを前提、暗黙の了解、もしくは暗示した形で記載しているように見える。
この文章の内容が「一切誤りが無い」という前提に基づいたとしてである。
しかしながら、このA、Bを立証する手がかりがこの文章には記載されていない。
H氏とM氏が別人であっても、H氏の件の話を聞いてM氏が団体Iに抗議することは可能だ。
H氏がY氏の流出写真を見て、Y氏と交流のある団体Iに抗議することも可能だ。
写真流出がM氏であることを証明する情報が無い。その他不明人物がM氏の関係者であると言う記述がない。

さらに、この記述についても事実誤認である可能性が存在する。
9-1)主催に言ってもどうしようもない事件で怒鳴った(スリ等)。
12-1)一般人を注意したスタッフが存在する。間違って注意したのを隠したか、あるいは一般人だと思っていなかった。
12-2)注意して来た相手をコスプレイベントスタッフだと誤認した一般人が存在する。
この可能性について考察された跡がない。

また、以下についても可能性を捨てるに足る証拠は明示されていない。
5-1)サイトに上がった複数のストーキングの事実自体がM氏を攻撃するための虚偽、もしくは被害妄想の産物である。
5-2)「イベントに参加しない」という宣言が、M氏に悪意を持つ人物や火種を延焼させようとする人物による攻撃、もしくは話を鵜呑みにしているだけの人物によるものである。
センシティブな内容であるため明白な証拠が記載されないこと、すでにM氏を訴えることを前提の動きがあることから「この可能性は薄い」と判断しているが、この判断が正しいことを補強する情報は一切無い。

この文章のみを通して理解できることは、
I.坂出でのコスプレイベントを主催予定だったH氏が、別コスプレ団体Iの主催に対して特定個人を誹謗中傷するメールを送った。
II.団体Iの主催が、誹謗中傷する匿名の人物を特定するために、知人にメールの送信者の情報を照会した。これによりH氏が誹謗中傷メールを送信したことが特定され、拡散されることでコスプレイベントが潰れた。ただしこのイベントは準備がずさんであった。
III.M氏がかつてコスプレイヤーとトラブルを起こしたことがあり、同様の被害を訴える人物が存在する。
IV.イベントで怒鳴ったM氏の関係者が存在する。
V.団体IのイベントからM氏および関係者が名指しで出入り禁止の処分を受けた。
VI.団体Iの活動に対し虚偽の理由でクレームをつけている人物がいる。
ということまでであり、坂出でのイベントがM氏によるものである、といった話までははっきりとは理解できない。
ただ、M氏とその関係者を出入り禁止にしたのは、状況からすると必ずしも悪いとは言えないし、これらの危険とされる人物を排除し警察の協力も得ているので、安心してうちのイベントに来て下さい、というメッセージは汲み取れた。

こう書くと「よく調べもしないくせに」としたり顔で罵ってくるおバカさんが決まって沸いてくるのだが、私は「この文章だけを読むとこう見える」と言っているだけで、主張する事実を否定したいわけではない。否定したいのは内容よりも文章の組み立てであったり、主張の内容の散逸っぷりや無意味な記述(坂出でのコスプレイベントの計画がずさんかどうか、は主旨に合っているとは言えない)のほうである。
もしこの文章からは読み取れない情報があるなら、それがどれだけ有名な話だろうと載せるべきである。でなければ読んでる人間には伝わらない。あなたの脳はあなたの脳であって私の脳ではないし、何かでリンクしているわけでもないのである。

【コラム】二次元って意外と思い通りにならんのですよ? 

最近見つけた、なかなかシナリオの凝った面白いエロゲがあるので紹介しよう。

世界中に特殊なウィルスが蔓延、男が極端に生まれなくなり、生まれても育つ前に死んでしまう。男子の人数が女子の1/1000という事態となった結果、貴重な男子を男子校に隔離、教育を施しエリートとした上で女子校に放り込み、そこで子供を生ませて育てることにした…というハーレム学園系エロゲにはよくある設定なのだが…。

1.学校に対して男子が一人だけである
 この学校の女子が子供を生むためには相手はこの男子に限定される。
2.子作りをするためにはこの男子は相手の女子と相思相愛にならねばならない
 男子は女子に気に入られなければならないし、男子も女子を気に入らねばならない。
 そうでないと健康な男子が生まれず育たない。
3.子作りのパートナーを見つけられるのはこの学校にいる間だけである(と思われる)
 男子とパートナーになれず卒業すると、相手を見つけられなかった「不良女子」化する。

とまぁここまで読むと「男の妄想ここに極まる」と言われるかもしれないが、学園側・男子側から冷静に考えるとなかなかシビアである。

この学校を男子と恋人同士になれずに卒業すると「子供をなせなかった」女子として低く見られるらしい。ひどい話なのだが「生めよ育てよ」政策の世界の場合(昔の日本も含めて)ありがちな話である。
なら男子を部屋に監禁して順に種付けしてきゃいいかというとそうではなく、子をなす男子と女子は相思相愛になる必要がある。逆に言うと男子には「女子に気にいられる義務」が発生する。それもできれば学校全員、1000人近くいる女子全員に対して、である。
当然性格も千差万別で、素直でかわいい女子からやたらお高く止まってるだけの奴まで。さらにヘタに仲良くしてると周囲の女が仲良くしてる女子をいじめはじめるという陰湿ネタまでついてくる。男子に拒否権は無い。全ての女子に気にいられ、自分もその女子を気に入らなくてはいけない。

そのためにどうするかと言うと、「男子部」という部活に入らされ、雑用係として学校中で女子の手伝いをさせられる。主人公は「奴隷だろ!」と反発するのだが、女子に存在をアピールし気に入ってもらう貴重な手段の一つである。
この過程で女子に気に入られなくてはならない、ということは、顔はともかく頭も体力も技術もそれなりになくてはならない。それを「男子校」で鍛えるんだろうが、小学校にかならず一人いた「勉強も運動も何でもできるイケメン」でなければいけないわけで…大変である。

その中で落ちこぼれて1年遅れで入ってきたのがこの主人公で、あちこちミスをしながらも、男子部をサポートする女子生徒の力もあり仕事が少しずつこなせるようになる。が、生徒会長の女子からは仕事ぶりを厳しく非難される。
それもそのはず、生徒会長は会長として、なるべく多くの生徒たちがカップルになれるよう尽力する一方、自身も一人の生徒としてカップルになれないといけない。しかも自身は最終学年で後が無い。そこに入ってきたのがただでさえ1年遅れの上仕事ぶりもいまひとつときている。これでは自分も含めて何人を路頭に迷わせるか、わかったものではない。代わりのまともな奴連れてきたいからお前は事故死しろ、といきなり言われるわけだが、生徒会長にとっても必死である。
結局男子部をサポートする女子たちの嘆願もあり、学校の男子として残されることになったわけだが、この生徒会長、もはや自分がその対象になることはあきらめてるんではないだろうか。せめてもう少し立派になって、男子部サポートの仕事でこの男子に情を持ってるらしい妹だけでもなんとか…というところだろう。

これ、ゲームだからこそ「大変だねー」ってマウスポチポチして、めんどくさそうな話は「後で読む」ですっ飛ばせるからいいものの、リアルだったらちょっとした地獄である。ひたすら女子の面倒を見、気に入られるように頑張る。どんな相手に対しても。天国でもなんでもない。

さて、二次元ならどれだけでも自由になる、だからオタは逃げてるんだ、と標榜してるみなさん。
男の妄想だけを詰め込んだエロゲでもこれだけ自由にならんのです、というか正直これ男にとって全く幸せな状況じゃない。どれだけ胃に大きな穴開けて過ごさなきゃいけないの。俺なら1年で自殺するか行方をくらまして「いなかったことにする」自信ある。
これでもまだ「思い通りにならないから二次元に逃げてるだけ」って言う?気の合う女の子一人見つけてその子と仲良くしてればいいだけの三次元の方がよっぽど楽ですよ。

【コラム】キモくて金のないオッサンの「キモい」って何だ 

togetterまとめをベースに、反フェミニストとフェミニスト、というかただの男嫌いがあれこれと記事を書いているが、いちばんまとまってるのはこの記事だろう。
弱者男性をめぐる議論
http://shibacow.hatenablog.com/entry/2015/05/24/202444

最先端のフェミニストの論壇では、すでに「強者の一角を占めた後のことをフェミニストは考えていない」という指摘がされている。つまり男女という性別の枠組みを取っ払っていかなければいけないことが認識されはじめているのだが、男嫌いにとってそんな「公平さ」は必要ない。男をいたぶり、貶め、追い詰めることで自分の気が晴れれば、それでいいのだ。「男女同権を実現するために、弱者である女性に権利を与える」なんていうのは方便に過ぎない。

そんなフェミニストの一人が、お得意の揚げ足取りに興じているので、解説しておこう。

「弱者男性」は何故フェミニズムを敵視するのか――自由競争に参加すらできないことの苦しみ――
http://fuyu.hatenablog.com/entry/2015/05/28/003559

「自由恋愛でお見合い結婚できなくなったキモブサがひがんでるだけ、ひがむ男はキモくて当然。」
と一言で終わる話を、無意味なグラフと共に1ページにも膨らませて書いてるだけの記事なのだが、「ひがんでるからキモい」というのは方便に過ぎない。実態は「顔が流行に沿ってないからキモい」なのだ。

80年代終わりごろの「しょうゆ顔ブーム」を覚えているだろうか。あの頃、女ははっきり言っていた。
「ソース顔は暑苦しくて気持ち悪い。」
顔立ちが整っていようが体型が美しかろうが体力あろうがどれだけ女に貢献してようが関係ない。「彫りが深い」というだけで「キモい」扱いされた時期があった。郷ひろみですら一部からキモい扱いされていたのだ。すなわち「キモいオッサン」でないのは、整ったしょうゆ顔の人だけ。それ以外は全員「キモい」。これが「キモい」の正体だ。
なので大半の男は「キモい」扱いである。

その結果として自由恋愛からの結婚ができなくなった。これは言えるかもしれない。女が整ったしょうゆ顔しか相手にしないなら大多数の男は結婚できないだろう。
これを男がひがんでフェミニストを敵視するか、というとそんなことはない。結婚しなくても出世に影響しない世の中になり、独身でも楽しく過ごせる娯楽が増えた。「結婚は義務」という旧態然とした信念で結婚した男が、妻に金と自由を奪われ奴隷化する姿が、「女は強くなった!」と喧伝され、結婚生活への夢が壊され絶望しか感じられなくなった。もはや結婚にこだわるのは、「既婚」「子持ち」というステータスで他人との上下を決めて、下位にある者のいじめに興じる、腐った女社会の構成員だけだ。恋愛だの結婚だのは、男には必須ではなくなった。

フェミニストを敵視する理由は至極単純だ。「キモいキモい」と男をいじめつづけるからだ。女をいじめてくる男が嫌われるように、男をいじめてくる女も嫌われる。
当たり前のことなのだが、フェミニストには理解できない。「男をいじめることは、女が権利を得るために必要不可欠なことだ」と固く信じているからだ。

最近の20代以下の間では、「男いじめ」のフェミニズムは一部の男嫌いを除いて廃れている。女と見るだけで見下したり下品な態度をとる人間は、性差別者として社会から排除される世の中になった。対等な人間として仲良くすれば、男は心強い友達となってくれる。性別を理由に男をいじめている者は協力が得られず、最終的に孤立する。これを見て「現実的」と標榜する女たちは一気に態度を変えた。男を叩くよりも、男と協力したほうがよほど強くなれる、ということに気づいたのだ。
一方、小学生の頃から四半世紀以上男を叩き続けてきたオバサンたちが簡単に意見を撤回できるか、というとそれは無理な話だ。「男に協力する女」を反乱分子としていじめてきたのは自分たちだ。ここで手のひらを返せば、自分がいじめられる。そうして男を叩き続けるオバサンたちは、「男と協力する」ことを選んで幸せな家庭を築いた女たちからも、男叩きが無意味だと気づいた若い女たちからも見放され、力を失っていく。自分のせいにするわけにはいかないから、男社会のせいにする。男を叩いて気分を晴らす。ますます孤立し権力を失っていく。この悪循環である。

あと20年もしたら、この手のフェミニストの議論は老人のたわごとになるだろうけどね。